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2007年7月24日 (火)

著作権法の非親告罪化

最近、ニュースにあまり触れずにいて、

全然知りませんでしたが、

ひどい法案が審議されていたようです。

reset-Nの夏井さんのブログを見て、

偶然、知りました。

著作権法の非親告罪化

 

なんだそりゃ?

これまでも現在も、著作権侵害というものは、「侵害されたと思う側」が、

民事裁判に提訴するなり、あるいは刑事告訴をしない限り、

逮捕することも裁判を起こすこともできない「親告罪」とされているわけです。

それが「非親告罪」ということになると、

警察や司法が独自の判断で、

著作権侵害とみなした行為を取りしまることができる

みたいです。

詳しくは、下記のブログを読んでください。

そんなに長くないので、是非。

http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/post_b72f.html

 

読みました?

上のブログにも書いてましましたが、

創作は、模倣の土台の上に成立している!

というのは、僕も同じ意見なのです。

 

僕が、初めて演出した時、

そりゃ模倣だらけでした。

模倣だらけすぎたので、

パンフレットの演出からの挨拶文に、

パクリ、模倣は立派な手法。

いいものはいい。

それを、いかに自分様に表現し、

自分のものにしていくか!

ってことを書いた気がします。

 

こすい野郎です(笑)

 

始めは、模倣するしかない。

何するにしても、そう。

今、初心者でディーラーやって、

ものすごい初心者気分を味わってますが、

何でも始めは同じだな

とつくづく感じます。

始めは真似するのが一番。

というか、

真似することしかできない。

 

一つ真似したら、また、次、真似して。

見ているだけじゃ分からなくても、

実際、真似してみて分かることもある

その中で、自分の考えや感性が加わって、

どんどん変形していく。

 

そうやって、自分の形ができていく。

そのとき、始めに模倣したものが、

強く残っている局面がある場合もあるわけです。

 

それに、初心者に限ったことではなく、

一度、形にできた後だって、

新たな要素を加えようとしたら、

また、真似をしなければならない。

そして、また、自分の形が改良される。

その繰り返し、なんじゃないのかな?

 

って思います。

話、違うんじゃないか?

って思われる人もいるかもしれませんが、

僕の中では、話の筋は通っていますので、安心を。

 

僕が、いいたいのは、

もし、模倣した自覚があるにせよ、

犯罪として扱われる模倣との、その線引きは難しい

ってことです。

ある人からみた、「そのまんま」でも、

違う人からみたら、「すでに違うもの」に写ることがある。

 

それに、模倣されても気にしない、

むしろ、全体の発達のために模倣して!

って人もいる。

 

親告罪のままで、何が悪いんだ?

 

あとの問題は、

模倣してないのに、模倣って言われること。

これは、今回の話とはずれるけど・・・・

 

まったく同じものを、別の人が思いつくことだってある。

ただの思いつきだと、ちょいと頻度低いかもだけれど、

両者が、同じものから影響をうけて、同じものを思いつく

ってのは、よくあることじゃないか、と思います。

 

話ずれますけど、

村上龍さんの「愛と幻想の・・・」という小説 と

アニメ「エヴァンゲリオン」

この二つ、登場人物の名前が酷似している所がいくつかあります。

奇妙だったので、覚えています。

二人が示し合わせたのは、考えにくいし、

数人の名前を模倣するってのも、意味なさそうだし、

同じものに影響を受けたのかなぁー

と勝手に思っています。

 

猛烈に話がずれましたが、

模倣の線引きは難しいってことです。

少し話し戻しますが、 

創作も、技術も、

著作権を守ることが大切だけど、

全体の発展も大切。

 

そのバランス。

 

守るべきだが、守りすぎちゃいけない。

 

難しいですが、

 

だからこそ、親告罪でいいんじゃないか?

 

と思います。

 

明日から、また模倣の日々。

模倣しても、結果がついてこない!

うまく模倣するもの大変だぜ!

と思う日々でございます。

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コメント

親告罪だと、悪質なモノに気付かず放置してる現状があるからねぇ。。
某JAS○RAC辺りが暴走するのは目に見えてるけど、
あからさま且つ大々的に侵害してる案件に関しては
ある程度の規制の網も仕方ないんでないのかな・・・
ま、ファシズム的な方向に暴走しなけりゃいいんでないの?

投稿: ささき | 2007年7月25日 (水) 00時52分

「学ぶ」の語源は「まねぶ」,つまり「真似る」だそうです。つまり「学ぶ」こととは先人の知恵を「真似」することから始まるのです。何をやるにしたって最初はお手本がいりますもんね。もしこの法案が可決されたとしてすぐに深刻な問題が起こるとは思いませんが,このところ次々と浮上してくる危険な法案が将来のファシズムへの布石となることが心配です。

投稿: いぬすけ | 2007年7月25日 (水) 12時36分

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