« 「放課後」東野圭吾 | トップページ | ちぐはぐな民主党政権 »

2009年10月19日 (月)

一年半前、脳梗塞で倒れた母親が、また倒れました。

今度は、くも膜下出血でした。

犬の散歩中に誰かと話している時に倒れたので、

すぐに救急車呼んでもらえたし、犬のチェリーも保護してもらえて、

不幸中の幸いでした。

家の中で倒れてたら、やばかっただろうから。

 

いきなり、姉から電話が来たので、なんか嫌な予感がして、

無意識に心の防御壁が働いたので、

そんなショックは受けなかったのですが、

そのせいか、最悪の事態ばかりをイメージしてしまって、

ダメな人間です。

そうすれば、いざって時のショックが最小になるだろうと、

無意識のうちにそういうイメージをしてしまいます。

極度に楽観視をしたがる姉とかとは対照的です。

 

くも膜下出血って悪いイメージしかないし、

この前、中学時代の先生がそれでなくなったばかりで、

そういうのもあって、無意識の働きが強くなる・・・

  

一昨日、昨日とずっと病院にいました。

検査・手術までが一山と言われ、

いつ何が起こるかわからないので、ほぼずっといました。

いたといっても、座ってるだけ。仮眠してるような、してないような。

二時間だけ病院に近い姉の家に泊まったのですが、

眠れないだろうと思って酒を飲み、

地味に姉と話し込んでしまい、

不覚にも翌朝寝坊してました・・・・・・

 

主治医の先生がファンタジスタ。

ずっと処置に携わっていて、この人いつ寝てるんだよ!

と関心してしまいます。

ただ、だんだん疲れていくファンタジスタ先生の顔を見ながら、

その状態で手術するんだ。

とちょっと不安になったり・・・

こういうのを見ると、

僕には医者にはなれないなぁ

とつくづく思う。

こんなタフさはない。あっても、ずっとは続かない・・・・

 

色々説明してくれてよく分かったのですが、

選ばせる所で、地味に誘導的な説明をしていたのも、

ファンタジスタでした。

 

ファンタジスタ先生のおかげもあり、

幸運のおかげか、神の加護か、

手術は無事に成功しました。

 

写真つきで、手術の説明してもらったのですが、

なんか細かいのをよくやるなぁ。

よくここまで医療は進歩したなぁ。

と改めて関心しました。

進歩した医療がなかったら、もうない命。

そう考えると、なんか複雑な気持ちになりました。

 

手術が終わっても、戦いはここからだそうです。

3週間は、脳梗塞や合併症の可能性があり、

死亡リスクも小さくないようです。

死亡でなくても、障害が残るリスクも小さくなく・・・・

最善の処置はするけど、何が起こるかわからない。

と言われ、

先にも後にも、祈るのみか?

 

手術が終わったので、ひとまず帰宅。

家族で集まって、今後の体制を相談。

 

僕なりに思うに、意識が戻った母親の心配は、

実家の犬のチェリー。

この間、姉貴分のメリーが他界し、

そのストレスで家でトイレができなくなった

実に繊細なチェリーです。その上、母親っ子。

息子、娘は独立し、僕なんか好き勝手やらせてもらってるので、

もはや、母親の心配は、チャリーに絞られる。

 

金のない僕の役目はだんだんと見えてきます。

犬の世話です。

毎日仕事に行って、面会にいく父親の負担を軽くするためにも、

僕の役目は犬の世話になるわけです。

それと、僕の考えでは、

仲が悪くてもネイビーとも一緒にいたほうが、

母親の心配も薄まるんじゃないか?

と思い、

とりあえず、入院中は、

僕がネイビーをつれて、実家に住み、2匹の面倒を見る

か、

今の僕の家に、チャリーを連れてくる

の2択になりました。

同居人のこともあるので、始めは実家にいこうと思いましたが、

どう考えても不便なので、同居人と大家さんの許可をとって、

チャリー受け入れを選択しました。

 

中型犬で、自分勝手なチェリー。

負担は小さくないですが、

祈る以外にできることといったら、これぐらい。

 

私事をツラツラと書いてしまいました。

公に書くべきことではないのかもしれないけど、

書いた方が心の整理がつきやすいので、

書かせていただきました。

読んでいただいた方、ありがとうございます。

 

脳梗塞や合併症が起こらないことを祈りつつ、

時々見舞いに行きつつ、

犬の世話、頑張ります。

 

|

« 「放課後」東野圭吾 | トップページ | ちぐはぐな民主党政権 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 「放課後」東野圭吾 | トップページ | ちぐはぐな民主党政権 »