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2021年8月29日 (日)

ソファの買い替え

犬をケージに入れて、「出してください」とばかりに、扉に手をかけたり、吠えたり、唸ったりするのが好きでなかったので、犬を飼っているときは、あまり専用のケージは用意しない。

自分の縄張りがあると心が落ち着く

と聞くので、そういう意味では申し訳なかったかもしれない。特に、フラノは保護犬で、最初の方はかなり怯えていたので、リビングの生活は怖かったかも。初めは座布団だけに座ってたりした。

そんなフラノのケージ代わりとなったのは、ソファでした。だいたいずっと居場所はソファ。

最後の一ヶ月くらいは自力で登れなくなったので、床のマットで寝ていたり、その少し前から安心できる場所としてケージを出してた(旅行とか用には時々使ってた)ので、そこに寝たりしたんですが。(やはり、ケージは落ち着くみたいですが、扉を閉めると吠える…)

そのソファは、元々高いものでもなく、スプリングがいかれてきていたのですが、フラノの居場所だったので、変えることができなかったのです。(お金的にもわざわざ買えなくていいかなぁと)

フラノがなくなって以降、娘が時々フラノの名を出すので(名を呼べるようになったのは先月からなのに!)、フラノのものはかなりの速度で片付けてたのです。大人の我々もふとした時にフラノの存在を思い出しますのでそんな大したことでもないのですが、娘は口に出ちゃうし、なんか子供だとストレートな感じもあり、心が不安定になりがち。その流れか、そうでもないのか、居場所だったソファも手放すことにしました。

さすがにソファをみて、フラノの名は呼びませんが、今が変える機会かなぁ。高い買い物なので、なにかタイミングないと変えないので…

そして、本日、前のにお礼をいい、フラノの遺影を持ってちゃんと別れをいい、新しいのを迎えました。少し大きくなりました。

さすがに、新しいので、クッションも新鮮!久しぶりにソファのくつろぎ100%をしていたら、右手に違和感。

ソファのくつろぎには、だいたい、右手の手元にフラノのお腹や足があったなぁ〜

ネイビーが亡くなった後にも似たようなことを思ったことを思い出し、そういう感覚の記憶ってやはりしみついているんだなぁとしみじみ感じました。

今は小さいクッションを手元においてくつろぎたいと思います。

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2021年8月16日 (月)

フラノと娘 そして、娘の選択

フラノが亡くなって一夜あけ。昨日火葬も済ませたので、フラノの姿はありません。

昨日の段階で、ネイビーの時もあるから2回目だし、自分の中では心の整理がついてると思っていましたが、火葬中に部屋に戻った娘が「フラノいないねぇ」とか「いっちゃったの?」とか言うと、かなり心が揺さぶられます。

ネイビーの時は自分の心との整理だけだったけど、子供の無邪気な、素直な言葉は、胸にそのまま刺さるので、また涙が込み上げてきます。

「もう会えないんだよ」と伝えますが、二歳児には分からないことだけど、何か感じているのかと思います。


二歳だけで、生まれてからずっと近くで見守り、お互い警戒しながら、暮らし、じゃれあい、最後の1ヶ月は名前も呼んで可愛がっていた。フラノという犬と暮らした二年間のこと、そして、この別れを、娘の記憶の片隅にでも、残っていてくれたなぁと思います。

と、今回は、フラノへの目線でなく、娘への目線として書いてます。

昨日、フラノの火葬が夜だったので、リビングの真ん中に安置してました。一緒に燃やしてもらおうと、よく着ていた服とかと共に、昔よく遊んで小さいぬいぐるみを三個フラノの元においてました。

娘は、そのぬいぐるみを「フラノ、大丈夫?」といいながら、フラノのお腹の上に並べたりしてくれました。

いざ、火葬が近づき、フラノを抱えて、家と各部屋を周り、フラノと思い出を語りながら家とのお別れをさせているときに、一度、ぬいぐるみを脇に移していました。

フラノを再度安置し、娘にぬいぐるみをフラノの所に戻すようにお願いしたのですが、突然娘がぬいぐるみを一つを「自分の?」と言い出したのです。

そのぬいぐるみは、ディズニーのキャラの手のひらサイズのぬいぐるみ。大きいサイズのぬいぐるみを娘の者として与えているので、「大きいのがあるでしょ?」というと、大きいのも持ってきて、小さいのを抱っこさせて、「赤ちゃんなの」と言って離そうとしません。

火葬車がくる時間が近づき、その前に再度落ち着いてフラノに別れを言いたかったので、「それはフラノのもので、もう会えないからフラノに返してあげて」と娘に再度お願い。

それでも二つのぬいぐるみで遊ぶ娘でしたが、その後、フラノのものにかけより、小さいのだけでなく、大きいぬいぐるみもフラノの元におきだしたのです。「ありがとう。でも、大きいものもいいの?」と聞くと、「うん、あげる」と言ってくれて、娘の成長と優しさにも感謝したくたりました。

娘として、小さいぬいぐるみがいなくなるのが嫌というか、そのぬいぐるみが大きいぬいぐるみ(お母さん)と離れ離れになるのが耐えられなくて、それで、自分の手元から離れても、そのぬいぐるみはお母さんと一緒にいてほしい、とフラノに、二体とも差し出したのかなぁと、感慨深くなりました。

ネイビーの時の火葬の時はなんでも一緒に燃やしてくれたのですが、今回の所は、その場で燃やすから極力煙を出したくないとのことで、遺体と燃やせるのは食べ物のみ…

ということで、結局、全てのぬいぐるみは手元に戻ってきたのですが。娘には、親子のぬいぐるみを可愛がってもらいたいです。

娘がフラノといつも朝、家出る時にやっていた「バイバイ、タッチ」もきちんと済ませ、火葬車の前でも、お花をかけてあげたり、娘的にもお別れができたのかなと思います。火葬車の扉が閉まるところは怖かったかもしれず、後で少し悩んだりましたが、お別れをしたという記憶を、一緒にいた記憶として、ずっとどこかに残して、他の動物にも優しく接する人になってほしいと願っています。

所々、泣いてはいたんですが、全て終わった後に、くつろいで、#家族募集します の第三話を見てました。主人公が、まだわかっていない息子に母が亡くなったことを伝える回。感情移入が強すぎて涙腺が緩み、一人で大泣きしてしまいました。

心を整理した自分をどこどなく俯瞰で見る感じもあり、今回、泣くのを途中で我慢してた感覚があったのですが、おかげさまで、心をかさをはずして泣くことができ、本当の意味の心の整理に少し踏み出せた気がします。

出掛ける時に、フラノのいる所の整理しなきゃ!とか、外にでも、早く帰らなきゃ!とか思ってしまったり、まだフラノのいない生活にはなれませんが、少しずつ心との折り合いをつけて行きたいと思います。

娘も、分かっていないなりに、感じてはいると思うので、喪失感ではなく、大切な記憶して残るように、娘の心にも無理のないように寄り添って語りかけていきたいと思います。

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2021年8月15日 (日)

フラノとのお別れ

8月15日朝に、フラノが亡くなりました。うちにきていただいた際に、また、SNSやブログの写真や動画を介して、可愛がってくださった方々、ありがとうございました。

数年前から時々下痢や血便がでて、低脂肪餌のみの生活で、この一、ニ年は症状が重くなったり、良くなったりの繰り返し。タンパク喪失性腸炎ということで、気長に付き合ってました。春に脳梗塞が起こり、もうダメかと思いましたが、その時は奇跡的に回復。

ただ今月から下痢・血便が再発。薬を増やしてしましたが、先週月曜日から何も食べれなくなり自力で水も飲めず、どんどんと弱っていました。水はあげてましたがどんどん歩けなくなってきて。それでも、4日前の水曜日には花を見ての写真はまだ元気そう。

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一昨日から流動食や点滴に切り替えましたが、昨晩たくさんの下痢をして心配してました。今日明日の命か、あと数ヶ月もつのかも、予想できず、下痢でお尻が汚れるから明日お尻の毛を整理しなきゃなぁとか少し油断してましたが、今朝、亡くなってしまいました。

昨晩は妻と一緒に寝てて、私は別の部屋で娘と寝てましたが、朝、私が起きてくるまで待ってくれたよう。まだ生きているのを確認して家事をしていたら、そのまま亡くなりました。妻が看取ってくれて、その直後に「ありがとう」の声はかけられたので、最後に聞こえてたらいいなぁ。

しっかり看取れなかったけど、すぐに声かけられてたし。立ち会えないと心残りになってしまいそうだったから、フラノが待っててくれていたことに、ほんとに感謝。お互い、きちんとお別れできたかな。

まだ大丈夫かと思ってたけど、昨晩、娘は寝てた後だけど、妻とフラノと三人で写真をとれたし、「フラノの歌」も歌い聞かせられて良かった。

闘病は長かったですが、実際の寝たきりは一週間ほど。大きな痛みもなく、ゆったりと過ごせたことは良かったかな。

四歳の時に保護犬としてうちにやってきたフラノ。きっと崩壊ブリーダーからの保護で、初めは臆病でお散歩も出来なかったけど徐々に心を開いてくれて、数年たって家の中では普通に吠えてくれるようになりました。

フラノを預かった場所が赤羽だったので、赤羽⇨赤羽の路上ミュージシャン・斉藤さん⇨フラノの歌 という連想でフラノと名付けました。

散歩の際に、名前の由来を説明するのに、てこづったことは多々(笑

娘が生まれてから、娘への時間が増えてしまいましたが、暖かく見守ってくれて、時には娘に踏まれて怒ったり、一緒に育ててくれました。

最近では、二歳になった娘も「フラノ〜」と呼んだり、リードの散歩もうまくなって、朝家を出るときに、必ずフラノとタッチしたり、フラノが薬を飲む時椅子に座って観察したり、動けなくて寝てると「大丈夫?」と声かけたり。

もう少し一緒に娘と遊んでほしかったかな。娘がも少し大きくなったらもっとちゃんと遊べたかも?と思ったり。

でも、娘が大きく動いて遊んでるのを、踏まれないようにしながらも、見守ってくれていて感謝。

うちにくる前の四年がどんな生活だったのか分からないですが、そこからの七年、闘病もあったけど、快適にゆったり暮らせていたらいいなぁと思いつつ、11歳まで生きてくれて、うちにきてくれて、一緒にくつろいで、色々散歩に行って、豊かな時間を与えてくれて、感謝しかありません。

ネイビーの最期の時に、治療費が厳しかったので、ペット保険のアニコムにお世話になってきました。途中からの値上げ幅が大きく、こんな契約だったっけ?と文句たらたらのこともありましたが、おかげさまで、必要な治療は、値段で躊躇することなく、実施することができました。どうしても、後になって、もっとやってあげれば良かった、と思ってしまうことも多いですが、熱心で優しい先生の元、やれるだけの治療をできたかなと思います。

歳とって涙もろくなったけど、心の準備期間があったので、そんなに号泣はしないかなぁと思ってましたが、まだ、分かってない娘がフラノに「大丈夫?」と声をかけたり、お世話になった病院に挨拶いったり、SNSやブログを読んだ方からのお言葉をいただく度に、涙が溢れてきます。

その度に、フラノへの感謝で心が満たされるし、いくら準備していても、心に空いた穴を実感させられます。やっぱり、寂しいな…

夜には火葬なので、それまでの時間はくつろいで、娘と遊びながら、一緒に過ごしたいと思います。

もっと一緒に色々やれたかなぁとか色んな心残りを思ったりしてしまうし、十分なお別れは、どんだけ考えても足りないことはあるけど、今まで一緒に過ごした時間が全てで、これからはそれを大切にして生きていきたいと思います。

フラノ、素敵な時間を本当にありがとう。安らかに眠ってね。

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2021年8月11日 (水)

アニメ『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』

今回公演の出演者さんがハマっていると聞き、10年前の作品だけど、10周年イベントとかあるらしい気になったので、見てみた、

『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』

Netflixで何度かあらすじを読んでは見始めなかった作品だったようで、こうして誰かが気に入ってるとい話でもないと普段見なそうなジャンルのアニメは見ないので、こういう機会は貴重。

少年時代に亡くなってしまった女の子の霊が一人の前に現れて、それを機に、疎遠になってた友人たちが集まり、その幽霊の願いを…

って話し。

このあらすじ、既視感が強い。よくあるストーリーなんだけど、全く似たようなアニメ?舞台?を見たことあるような気がして、思い出せずにモヤモヤ。結局思い出せないけども…

主人公の二人のキャラ設定があまり好みではなくて、「メンマ、7つの大罪のエリザベス?」とか思いながら見ていた。そのかわりに脇役陣は結構気に入って、ストーリーも淡々としながらも、スピード感持って進んでいくので、見やすかった。ストーリー上仕方ないんだけど、回想が多いのはちょっとアレだけど。

鳴子の役の声がどこか聞いたことあるとおもってしらべたら、最近見た「ホリミヤ」の堀さんの声優だった。堀さんが若干気に入っていたのと、鳴子と堀さんでキャラが似てる部分もあり、途中から鳴子推しになったので、純粋な目では見れなくなった(笑

脇役に支えれながら、四日で見たのだけど、最後は、モヤモヤしてた部分も綺麗に回収して、素直に心に入ってきてくれる終わらせ方。

上質なキャラメルボックス(古い)を思い出させる感じで、キャラメル系は苦手だったけど、歳とって許容範囲の広がった自分にも心温まるものがあった。(心の中で、「おぉ!キャラメル」と思った時点でちょっとまだ心、純粋ではないが…)

タイトルの付け方も素敵。

もう少しジーンときたかったけど、見るハードルをあげてたからかな?見終わっておもったのは、子の親になった身からすると、亡くなったメンマの霊やメンマの親への共感が強く持てたらもっと来たかなぁと。そういう意味では、最後のメンマのセリフは共感というか、別の視点でジーンとくるものがあった。もっと遊びたかったよね。うん。

見てて実際泣いたのは、推しの鳴子のシーンではなく、メンマのラストシーンでもなく、ゆきあつがオヤジさんに土下座するシーンでした。(似たような想い出は皆無だけど、成さないのは分かってても、もがく姿、好きなんだろうな、私)。どの作品もだけど、みる人で共感軸はそれぞれなんだろうけど、そのあたり、色んな人が入り込みやすい作品なのかもしれない。

面白いと一気見してしまうのが、悪い癖です。その出演者に他のおすすめとか聞きたいけど、「おお、キャラメル!」とか思った自分に聞く資格はないな(笑)きっとこのブログは読んでないと思いつつ、書いてますが…

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