絶望と日常の淵
40歳過ぎて自分を人生を見返したりしていると、正直、現状に対する不満の方が大きかった。
やりたいこと全てをやりつづけるために選択をし、そのための努力をしてきたつもりだけど、
どこか中途半端な形で行き詰ってしまっているか感じがして
そんな不満に埋もれているような日常だと思っていたのですが、ただ、実際は違ったようです。
GW中に背中に痛みを感じた。肩こりや腰の痛み、背中の痛みなどいつも何かしら感じているけど、
普段痛いと思わない箇所で、ごはん食べるだけでも痛い。
仕方なく、かかりつけの整体に行ったら、「骨折かもしれないから整形外科医行って」と紹介され
その街の整形外科でレントゲンとったら、「骨折はしてないけど、あばら骨に腫瘍がある」と指摘される。
「たまたま見つかっただけだから大丈夫かと思うけど、念のため、大きいところで」と
骨の腫瘍の専門の先生がいらっしゃる某大学病院へ
GW後半の土曜日、大学病院でCTを撮ると「CTを見る限り、良性の骨腫瘍の傾向とは見た目が異なる部分があり少し怪しい。他から飛んできたか、骨髄腫の可能性もある」とさらっと言われ、血液検査と民間のMRIを撮り、2週間後に再度診察を受けることに。
先生が早口だったのもあるが、理解しきれず、会計待ちの間に「骨髄腫」を調べると「5年生存率40%」の文字が目に入る…
その瞬間から動悸が始まり、頭が真っ白になり、思考が停止した。帰る交通機関を調べる余裕もなく、適当にバスに乗って、家に帰ることはできましたが…
「骨髄腫」は最悪の一つの可能性であることはわかっていましたが、どんどんと悪い方向に頭がシフトしてしまう。
「自分が5年後いない」ということも怖かったけど、「3歳半の娘の成長をそばで見れないかもしれない。成長真っ盛りの今の瞬間を入院でそばでいてあげられないかもしれない」その絶望に心がどん底に突き落とされました。
「三才半は早いよ」「何歳まで成長見られるんだろう」「せめて成人までは…」はそんなことばかり。
まだ、可能性の段階なのに、絶望のどん底です。
ドラマとかで、「がんの宣告を受けた方が、気丈に振舞っている」シーンをよく見ますが、
私には、そんなの全然できそうにない。
娘と遊ぶときも、きらきら輝くようにみえるし、「一緒にいられないかも」と思ってしまうと明るく振舞えないし。
いつもは、なにかあれば、情報を集めて、まとめて、対策考えたりするのに、怖すぎて検索すらできない日々が続きました。
それにしても、先生もぽろっと「骨髄腫」とパワーワードをぶっこんできたなぁ~。可能性だからといってもあっさりすぎて、
その時は生存率はそんな低くないのかな?治療すれば治るのかな?と思って聞き流してしまったし、
ガン家系ではないので、血管系ばかり気をとられていたので、そこも背中か不意に刺されてた感じがして、心の立て直しにも時間がかかった感じ。
思っていた以上に、自分のメンタルの弱さを痛感させられました。
大げさに思えるかもしれませんが、なんとなく黒だと思ってしまっていた怖さがありました。
とはいえ、2週間は長いもので、楽観的な時間帯と悲観的な時間帯の波がやってくることに気が付きました。
そこで、楽観的な時間帯の時に、娘のこと以外を振りかえってみたのです。
とりあえず、40年生きてきてここまでどん底に突き落とされたことはなかった。そういみでは恵まれていた。
劇団も大きくはできていないにしても、1つ1つの作品、その時々を創りたいものをみんなで作り上げてもらってきたし、お客さんにも楽しんでもらえて。そして、活動頻度が下がったとはいえ、まだ、一緒に作ろうしてくれている仲間も、次の作品を待ってくれているお客様もいる。仕事も順調とはいえないけれど、いろんな所に行かせてもらって、様々な経験を積ませてもらった。
親兄弟も、ワイフや娘、今まで支えてくれた犬たちとの幸せな時間。
「わが身が息絶えるその時に、わが人生に悔いなしというために」に言葉を大切に生きてきたけど、こうして思い返すと、自分に幸せな時間を過ごさせてもらったし、今も、不満に思うのがおこがましいほどに、幸せなんだと思い知らされる。
でも、それと同時に、やはり、娘の成長をそばで一緒に見守っていきたい。ワイフと娘が心配、まだまだ作りたい作品もあるし、老後はワイフとだらだらすごしたい、と生への執着も強くなる。
そのような楽観と悲観を繰り返しながら、「結局は、今を楽しんで生きるしかない。カルペディエム。」といい聞かせながら、長い2週間を過ごす。もともと閉所パニックあるから不安薬が手元にあるのが、不幸中の幸い。ここぞとばかりにお世話になりました。
心苦しいですが、いろんな方にもお話をきいてもらえたことも心の支えになりました。
数日前は状態がよかったので、ネットの情報に向き合い、打ちのめされながらも、最悪骨髄腫で場合入院することになった場合の候補の病院をリストアップし、実績や面会のしやすさなどでリストアップ(さみしがりや)。ワイフに渡す家の保険やお金関係をまとめたりして、やれることはとりあえずやってしまう。
でも、やはり、最後の2日は「待つ苦しみより、結果を知る怖さ」の方が強くなり、「あの言い方だと、良性はありえないだろう。仮に良性でも肋骨切断か?他から来たにしてもどっからだよ」と8割がた悲観モードでした。
同時に、背中の痛み、違和感はほぼ消えている不思議…
再診察は、放心状態になり、先生に何も聞けない可能性や帰れない可能性に備えて、ワイフに同席していただく。
結局、血液検査も問題なく、CTでは怪しく見えたけれど、MRIを含めてみれば、良性腫瘍と判断して問題ないとのこと。
生体検査しないと確定診断はできないけど、とりあえずは、経過観察ということでした。
ただ、もろくはなってるようなので、そこで、小さな骨折ができたんじゃないか?だいたい3週間で治るから、今、痛みがないのと整合性がつくとのことで、大きな力がかからない程度に、普段通り生活してよいって。
骨髄腫の可能性を考え、その後の予定を立てられずにいましたが、ようやくこれらからも解放されました。
可能性の状態でしたが、生きた心地のしないはりつめていた状態からも解放され、徐々に、パワーも戻りつつあります。
結果的には、よい結果で、本当に安心しました。
家族にも心配をかけましたが、安心してもらうことができました。
仕事もあまり手がつかずパフォーマンスが低かったので、来週から盛り返さないといけませんが…
あくまでまだ経過観察なので、油断せずにすごしたいとおもいます。
今回、偶然このような状況になり、幸運なことに、良性の診断をいただけましたが、
闘病で戦ってらっしゃる方々の気持ちも少しばかり察することができるようになった気もするし、
今ある日常が、すばらしく、かけがえのないものであることも改めて感じつつ
この日常が、突然に壊されてしまう出来事が訪れてれもおかしくないことを、実感させされた出来事でした。
闘病されている方々のご回復を祈りつつ、自身もより健康に気を使いながら、今を大切に生活していきたいと思います。
いつもより恥じらいもなく赤裸々な気持ちを長く細かく書いてしまいましたし、
もっと難しい状況におかれている方々にとっては、大げさな表現に感じられたかもしれませんが、
今のこの気持ちを忘れないように、このブログに記させていただきます。
カルペディエム
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