8月15日朝に、フラノが亡くなりました。うちにきていただいた際に、また、SNSやブログの写真や動画を介して、可愛がってくださった方々、ありがとうございました。
数年前から時々下痢や血便がでて、低脂肪餌のみの生活で、この一、ニ年は症状が重くなったり、良くなったりの繰り返し。タンパク喪失性腸炎ということで、気長に付き合ってました。春に脳梗塞が起こり、もうダメかと思いましたが、その時は奇跡的に回復。
ただ今月から下痢・血便が再発。薬を増やしてしましたが、先週月曜日から何も食べれなくなり自力で水も飲めず、どんどんと弱っていました。水はあげてましたがどんどん歩けなくなってきて。それでも、4日前の水曜日には花を見ての写真はまだ元気そう。

一昨日から流動食や点滴に切り替えましたが、昨晩たくさんの下痢をして心配してました。今日明日の命か、あと数ヶ月もつのかも、予想できず、下痢でお尻が汚れるから明日お尻の毛を整理しなきゃなぁとか少し油断してましたが、今朝、亡くなってしまいました。
昨晩は妻と一緒に寝てて、私は別の部屋で娘と寝てましたが、朝、私が起きてくるまで待ってくれたよう。まだ生きているのを確認して家事をしていたら、そのまま亡くなりました。妻が看取ってくれて、その直後に「ありがとう」の声はかけられたので、最後に聞こえてたらいいなぁ。
しっかり看取れなかったけど、すぐに声かけられてたし。立ち会えないと心残りになってしまいそうだったから、フラノが待っててくれていたことに、ほんとに感謝。お互い、きちんとお別れできたかな。
まだ大丈夫かと思ってたけど、昨晩、娘は寝てた後だけど、妻とフラノと三人で写真をとれたし、「フラノの歌」も歌い聞かせられて良かった。
闘病は長かったですが、実際の寝たきりは一週間ほど。大きな痛みもなく、ゆったりと過ごせたことは良かったかな。
四歳の時に保護犬としてうちにやってきたフラノ。きっと崩壊ブリーダーからの保護で、初めは臆病でお散歩も出来なかったけど徐々に心を開いてくれて、数年たって家の中では普通に吠えてくれるようになりました。
フラノを預かった場所が赤羽だったので、赤羽⇨赤羽の路上ミュージシャン・斉藤さん⇨フラノの歌 という連想でフラノと名付けました。
散歩の際に、名前の由来を説明するのに、てこづったことは多々(笑
娘が生まれてから、娘への時間が増えてしまいましたが、暖かく見守ってくれて、時には娘に踏まれて怒ったり、一緒に育ててくれました。
最近では、二歳になった娘も「フラノ〜」と呼んだり、リードの散歩もうまくなって、朝家を出るときに、必ずフラノとタッチしたり、フラノが薬を飲む時椅子に座って観察したり、動けなくて寝てると「大丈夫?」と声かけたり。
もう少し一緒に娘と遊んでほしかったかな。娘がも少し大きくなったらもっとちゃんと遊べたかも?と思ったり。
でも、娘が大きく動いて遊んでるのを、踏まれないようにしながらも、見守ってくれていて感謝。
うちにくる前の四年がどんな生活だったのか分からないですが、そこからの七年、闘病もあったけど、快適にゆったり暮らせていたらいいなぁと思いつつ、11歳まで生きてくれて、うちにきてくれて、一緒にくつろいで、色々散歩に行って、豊かな時間を与えてくれて、感謝しかありません。
ネイビーの最期の時に、治療費が厳しかったので、ペット保険のアニコムにお世話になってきました。途中からの値上げ幅が大きく、こんな契約だったっけ?と文句たらたらのこともありましたが、おかげさまで、必要な治療は、値段で躊躇することなく、実施することができました。どうしても、後になって、もっとやってあげれば良かった、と思ってしまうことも多いですが、熱心で優しい先生の元、やれるだけの治療をできたかなと思います。
歳とって涙もろくなったけど、心の準備期間があったので、そんなに号泣はしないかなぁと思ってましたが、まだ、分かってない娘がフラノに「大丈夫?」と声をかけたり、お世話になった病院に挨拶いったり、SNSやブログを読んだ方からのお言葉をいただく度に、涙が溢れてきます。
その度に、フラノへの感謝で心が満たされるし、いくら準備していても、心に空いた穴を実感させられます。やっぱり、寂しいな…
夜には火葬なので、それまでの時間はくつろいで、娘と遊びながら、一緒に過ごしたいと思います。
もっと一緒に色々やれたかなぁとか色んな心残りを思ったりしてしまうし、十分なお別れは、どんだけ考えても足りないことはあるけど、今まで一緒に過ごした時間が全てで、これからはそれを大切にして生きていきたいと思います。
フラノ、素敵な時間を本当にありがとう。安らかに眠ってね。
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